Q.独学で中国の古典を読みたいのですが。
 中国古典文を読み下すための学習初歩としましてどのような書物から独学で学習を始めればよいか、アドバイスを頂きたいと思います。学生時代に現代中国語を修め、現在業務上でも中国語を使用することがありますが、古典文となるとあまり目を通すこともありません。最終的には正史なども辞書を引きながら読み通せるレベルに到達したいと考えております。初心に戻りまずどのような書物から学べば宜しいのでしょうか。


A.
 短時間では白文で記された正史の読解力は養えませんが、至難事ではありません。「志あるところ必ず道あり』です。お手紙によれば中国語のかなりな使い手のようにお見受けします。漢文は元来中国語の文語文。漢文訓読は精確に、すばやく中国語の文言文を読解する特効薬ですが、中国語の語学力やカンがあれば一層理解しやすい。まずは用意する工具書や入門書を紹介しながら、学び方について説明申し上げます。

一、漢和辞典は漢文読破に適した親字(見出し字)、熟語(二字以上の語彙)、成句、出典を凝集し、持ち歩きや短時間の検索に便利なコンサイス版のものと何冊も続く大型のものと、両方が必要です。前者は大修館書店の『漢語林』が最適、後者は同じ出版社の別巻索引つき十三冊本、有名な諸橋『大漢和辞典』です。中国語がおできになる方なら、漢語大詞典出版社の別冊索引付き十三冊本の『漢語大詞典』も使われるとよいでしょう。  ほかに絶対に缺かせないのが東洋史事典で、一冊本では創元社の『東洋史事典』、数冊から成る大型本では平凡社の『アジア歴史事典』があります。これらはいずれも入手が可能ですが、いきなり大部のものは購入しづらいでしょう。でも安心してください。普通の市中図書館にも、諸橋『大漢和辞典』や平凡社の『アジア歴史事典』は必ず置いてあるはずです。最近は市中図書館は遅くまで開館、日曜も開館しています。当面は図書館本をご利用ください。

二、入門書は、漢文にどれだけ親しんできたかのレベルによりますが、「初心者とて馬鹿にするな」と言う勿かれです。岩波のジュニア新書、奥平卓氏の『漢文の読み方』に「就き学び」をしてください。学参物の上をいく大学生が読んでも恥ずかしくない格調ある訓読の入門書です。研修のさい忘れてならないのは、たんに句法を頭で理解するのではなく、出てくる文章を何度も朗読し、暗唱することです。日常の話し言葉同様に漢文調の言葉遣いが自然に出来るようになれば、構文の認定は苦もなく出来、漢文訓読はとても楽しい知的遊戯になります。ここまではふつうの漢文訓読の学び方と同じですが、これと同時に進めるのが、中国史の通史や断代史の読み物に親しみ、有名な史談の筋や談中に登場する人名、地名を的確に覚えてゆくことです。いちいち歴史事典で固有名詞を調べていては他のしかるべき読解作業も苦役になってしまいます。
  この種の読み物には陳舜臣氏の『十八史略』もの等の一連のものもありますが、短時間に基礎を固めるには岩波新書の貝塚茂樹氏『中国の歴史』の上・中・下の前近代、とくに明末までの部分です。しかしこの本にとどまらず、中国史の読み物はドシドシお読 みください。こうした読書を重ねておくと、読書の範囲の正史の記述が白文でも瞬時に読めるようになるだけでなく、この読書で得られた知識をもとに初見の文章でもクロスワードパズルの謎解きのような興奮を味わいながら解読してゆけます。

三、つぎに事前のトレーニング用読書があります。元、曾先之の原文本の『十八史略』の対訳本や正史の中でも一番読まれている司馬遷の『史記』の対訳本の読解です。これには明治書院の新釈漢文大系の原田種成(たねしげ)氏の訳解による『十八史略』上、下や吉田賢杭氏の訳解による『史記』十余冊等が最適です。長文ですから興味にまかせて拾い読みをすればよいことはいうまでもありません。
  他にキツクとも読んでおかねばならぬ本に同じシリーズの加藤常賢、小野澤精一両氏訳解の『書経』上、下があります。正史の中には皇帝の詔勅や臣下の上奏文が出てきますが、その文体や用語の元の一つになっているのが『書経』の文体だからです。この本も無論拾い読みをすればよいのですが、必ず朗読すること。部分的に暗唱もしてください。そうすれば自然に詔勅や上奏の文章は解読可能の部分が出来てきましょう。こうした事前のトレーニングで正史の文体に慣れることが必要です。

四、いよいよ本番の正史の解読です。白文といっても無断句の影印・百納本(ひゃくのうぼん)『二十四史』を何が何でも読まねばならないということはありません。この本自体も校訂が加えてありますが、より厳密な校訂(伝本間の字句の相違の考証) を加え、校記をそなえてあるのは北京中華書局の排印(活字)本や、そのシリーズをそのまま影印し、各史書ごとに人名索引とその書と比較して読む稀覯書の別文献の影印本を付録にした鼎文書局の断句本です。この二点の正史のシリーズは専門店に頼まれれば、セット売りも分売もしてくれます。またしばらくの間は、大学や市中図書館で必要箇所だけ拡大コピーして書き入れを加えながら読まれればよいと思います。もっとも市中図書館の中には中国の正史までは入れていない所もありますが、提携大学や他の連携所蔵図書館から借りられます。
  返り点や送り仮名をそなえた正史のシリーズもあります。汲古書院の『和刻本正史』がそれで、江戸時代に断句や訓読の加えられた名著の影印本ですが、二十四史全部が入っているわけではありません。返り点の付け方も明治時代に制定された表記と一部に違いがあります。慣れるのは簡単なのですが、始めは戸惑うかもしれません。抵抗感に負 けずに、このシリーズを読みぬくのもよいでしょう。手っ取り早く汲古書院からじかに電話や伝真(ファクス)連絡で購入されたらよいでしょう。最寄りの市中図書館にない場合は既述のように手配してもらってください。

五、いったんここで止めます。二の段階の途中からでも三の段階に進んでかまいません。三の段階に入ったら、正史の原文=白文の読解に進んでください。ただ一人だけで学んでいると挫折しやすい。仲間を誘って読書会を持ちながら学ばれることをお勧めします。時間がとれるときは、お茶の水の湯島聖堂斯文会館の特設講座で斯文会の常務理事でもあれば本学会常任理事でもある内山知也(ちなり)氏の史書の講座に参加したり、インターネットで諸大学の授業科目の概要を調べ、正史の解読授業に出席するのも手。私も兼務校の早稲田の第一文学部土曜午後の漢文講読Cで正史の后妃伝をここ数年読んでいます。最近はまったく漢文を学んでこず、中国語も学んでいず、そのうえ心理学やドイツ文学を専修しているような受講生も交じっていますが、輪番で白文を読ませているうちに、高い読解力を体得しています。経験に照らして「志あれば必ず道あり」、「為せば成る」の金言は嘘ではありません。

六、なお漢文語法事典ともいうべき本に本会理事の江連隆氏の『漢文語法ハンドブック』大修館書店刊があります。既述の奥平氏の『漢文の読み方』の就き学びでひととおりの訓読に慣れ、実際に漢文原書を読むようになったら、座右必備の工具書として使われると便利です。

全国漢文教育学会研究部、常任理事、桜美林大学教授   山崎純一


追伸 最近は出版過剰、必要な本を書店店頭で楽しく探して買う時代ではなくなりました。ベストセラーズやごくポピュラーな出版社の本以外は書店申し込み二週間待ちで買うか、出版社じか申し込み二三日待ち、振替用紙払いにするしかなくなってきています。下記の電話番号を紹介します。ついでに国会図書館、湯島聖堂斯文会館、『史記』の講読、成人講座を月一回日曜に行っている小田急線多摩川学園下車数分の無窮会東洋文化研究所の電話番号(日曜しか担当者がいない)をお知らせします。正史の講読をしている成人講座は少ないが、漢詩の講座は斯文会館、無窮会、NHK文化センター、早稲田大学エクステンションセンター等が行っています。山崎の正史后妃伝の講座は早稲田 第一文学部の平常授業ですから、毎学年度四月に聴講手続きをされればよいでしょう。他大学の平常講座も同様です。各大学のホームページを検索ください。

◎日本の出版社
 大修館 販売部    03・3296・6231
 明治書院 大代    03・3292・3741
 汲古書院       03・3265・9764
 同上(伝真)        3222・1845
◎中国書販売会社
 東方書店 営業部   03・3294・1001
 中華書店 営業部   03・3814・3123
  『漢語大詞典』中華書局or、鼎文書局『二十四史』等。
 海風書店 大代    03・3291・4344
   鼎文書局『二十四史』
◎代表的図書館、教養講座開設機関
  国会図書館      03・3581・2331
  湯島聖堂斯文会館   03・3251・4606
  同上(伝真)     03・3251・4853
    ※(本学会会長石川忠久氏や常任理事数名が出講しています)。
  無窮会東洋文化研究所 042・725・9786
  早稲田大学 大代   03・3203・4141
※(エクステンションセンター等もこれで可)